キシッ――

寝台が軋む音で目が覚めた。
何者かがゆっくりと、寝台を這い上がって来ているようだ。
侵入者は周瑜の顔の横に手を突き、ただ凝視していた。髪が左右に流れ落ちていて、視界が狭い。

人影の手が周瑜の頬に触れようとした刹那、手首を掴んで寝台に引き倒した。
体の上下を入れ換えると、枕の下から短刀を引き抜く。頭を寝台に押し付け、後ろ手で固定する。
慣れた一連の動作を全て抵抗する暇もない一瞬の
うちに終わらせて、酷薄に笑んでみせた。
「この周公瑾を夜討ちか?良い度胸をしている」
短刀を人影の首元すれすれに突き立てる。小さな悲鳴。意に介さずに続ける。
「動いたら掻っ切る。
何処の刺客だ。魏か、蜀か?」

「父様、痛い……です」
周瑜は目を丸く見開く。震えるか細い声には確かに聞き覚えがあった。
短刀をそのままに、顔を此方に向けさせて検分する。闇に目が慣れると、
薄い色の髪をした少女が体の下で怯えた目で見ていた。
この少女は―――

「周姫か!?」

慌てて短刀を寝台から抜き、鞘に納める。優しく抱き起こすと、乱れた衣服と髪を整えた。
「怪我は無いか!?怖かっただろう、すまなかった」
勘違いとはいえうっかり娘を殺しかけたと思うと、胆が冷える。
周姫は何故か一言も発さず、哀しそうに左右に首を振る。
そしてはた、と思い付く。何故――
「こんな夜半に何用だ」
周姫は肩を縮めて俯く。俯いたまま、答えはない。
部屋に戸惑いを混ぜた沈黙が漂う。仕方なく、周瑜から口を開いた。溜め息混じりになるのを抑えられない。
「これからは人を寄越してから来い…夜這いじゃあるまいに」何気無く言った夜這い、の単語に周姫の細い肩がぴくりと震える。その反応を周瑜は見逃さなかった。

「まさか…」
躊躇い気味の声が周姫に降ってくる。周姫は固く目を閉じて次の言葉を待ったが―

「相手は誰だ、この屋敷の者か!?」

周瑜の声はいやに楽しそうだった。

しかも何か誤解している。
拍子抜けて思わず顔を上げてしまう。
周瑜は妙に嬉しそうに体を乗り出すではないか。
それもその筈。今まで縁談の数々を破談にして強固に拒んで来た。そのせいで周姫の年齢は嫁き遅れと言われる年齢に片足を突っ込みかけている。
故に周瑜の中では
「想い人の為縁談を拒み続け、ついに今夜夜這いをかけようとして誤爆した」
となっているのだ。
一度盛り上がった周瑜は止まらない。周姫がいくら慌てて否定しても逆に火に油だ。
「恥ずかしがらなくとも良いぞ!
其奴との婚姻の段取りは孫策と小喬とで相談し…」

言葉は続かなかった。
周瑜の唇に周姫の柔らかな唇が押し付けられて、続けることが出来なかった。
それは幼いモノで、息が切れるまでただ唇を合わせているだけの接吻だった。


先に周姫が唇を離す。周瑜は目を白黒させている。状況が掴めていない。

「…間違えてなどおりません、初めから私の目的は父様の部屋でした!」
周姫は真っ赤な顔で叫ぶように言う。羞恥に顔を赤くして、ふるふると握った拳が震えている。

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